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六十の手習い―台北日記(10)―

2008年12月31日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

本年8月以来書き連ねてきた台北日記も十回を重ね終了の時期を迎えた。
最後は台北の食の魅力についてお伝えしたい。

中国人はもともと食を極めて大事にする。食べる楽しみは人生の重要な一部なのだ。しかも、共働きの多い台北では外食が主流である。私の知り合いで台湾人の男性と結婚した日本女性は、週に3回自分で料理を作ると言って驚かれたという。全部外食、あるいは家で食べるのは週に1回ぐらいというのが標準だという。

従って、レストランビジネスの社会的地位も高い。成功した大企業の経営者でも、レストランビジネスに進出している人が多いと聞いた。また、その逆に、レストランで成功すれば利益が十分に上がるだけでなく、人の尊敬も勝ち得ることができるのだ。




▲若者に人気の西門駅近くにある中国北方餃子の店。
一條というのは魚等を数える時の単位。イーティアオと発音する。


中華料理
台北には言うまでもなくあらゆる種類の中華料理がそろっている。あらゆる種類というのは、あらゆる地方という意味でもある。北京料理、上海料理、四川料理、広東料理、潮州料理、雲南料理、杭州料理、何でも来いである。しかもその水準は高い。何を食べても落胆することはない。
地元の台湾料理も日本人の舌にぴったりである。味はどちらかと言えば控え目、野菜がたっぷり使われている。

ガイドブックに載っているようなレストランならばどこに入っても大丈夫とお伝えしておきたい。
ここでは私に与えられたスペースも限られているので、むしろ本格中華料理ではない食べ物についてご紹介したい。




▲小龍包で有名な鼎泰豊本店の前。いつ行ってもこの程度の
人だかりがしている人気店。確かに美味いと思う

点心
先ずは、私の大好きな点心類から始めたい。
写真は、日本でも小龍包で有名な鼎泰豊である。ここは台北市内に2~3店舗展開しているが、どの店もまさに長蛇の列である。並んでいるのはみんな日本人の旅行者だという人もいるが、私の経験からいえば、地元の人も多い。小龍包の味はやはり美味い。何度行っても美味いなーと思う。特筆すべきは、従業員がよく教育されており、サービスが大変良いことだ。予約を受けないので、店の前で30~50分ぐらい待たされるのだが、その間のさばきもなかなか見事である。流行る店にはそれなりの理由があるということだ。

小龍包のあと、すぐ近く、永康街にある冰館に行く人が多い。ここもいつ行っても人だかりがしている。大変ボリュームがあるマンゴーかき氷をぜひ一度試してみたらいかがだろうか。一人ではとても食べ切れないので是非二人でお出かけになることをお勧めする。

点心の話に戻ると、台北の幸せは、どこに行っても餃子、ワンタンの類が美味であることだ。お腹が空いてふと飛び込んだ店のワンタンが驚くほど美味かったという経験は一度や二度ではない。そんな時は、つい、幸せを感じてしまう。西門駅の近くにある一條龍餃子館もなかなかのものだ。ここでは中国北方の餃子の味が楽しめる。

▲鼎泰豊の裏は永康街という人気スポットの一つ。
冰館は人気のかき氷屋さん。
フルーツかき氷、中でもマンゴーかき氷が人気だ。

その他の料理
台北出発間際、客家料理を御馳走になった。古亭駅近くの晋江茶室という店だった。外から見ると、とてもレストランには見えない。一人で行ったら、つい前を通り過ぎて戻ってきてしまいそうな感じだ。しかし、料理は大変うまい。台湾料理よりは多少味が濃いので、ご飯が進む。この店では、食後に珍しいお茶を飲ませてくれる。擂茶という。簡単に言うと、ゴマと落花生を自分で良くすりつぶしたものに抹茶を混ぜ、最後に熱い烏龍茶を注いで飲むのだが、濃厚で栄養価が高い。客家の知恵の一端に触れた気になる。湯気の向こうに苦労を重ねて生き延び、栄えてきた客家の人々の歴史が垣間見える。

嘉義鶏肉飯も特筆に値する。嘉義とは、台湾中部の街の名前である。そこの名物である鶏肉飯を売る店だ。なんていうこともない店で、熱いご飯の上に鶏肉の細切りを乗せ、スープをかけただけなのだが、これが美味い。暑い台北で、これまた熱いスープ飯をふうふういって食べるのが何ともいえず良い。
牛肉麺、担仔麺に代表される麺類、火鍋、飲茶、素食という精進料理(出てくる肉も魚もすべて野菜で作られている)等、料理の種類は枚挙にいとまがないが、すべて美味い。

忘れてならないのは、日本料理だ。今や、日本料理は台北の街を席捲している。あらゆる種類の日本料理があると言っても過言ではない。中華料理を一人で食べるのはなかなか難しいが、その点日本料理は一人でも気楽に入れる。私は日本料理にもずいぶんお世話になった。




▲客家料理晋江茶室の正面。今にも崩れ落ちそうな
たたずまいだが、料理は大変美味い。




▲晋江茶室名物の擂茶のためすり鉢、すりこぎで懸命に
ゴマと落花生を摺っているところ。
細かくペースト状に摺れば摺るほど味がおいしくなるらしい。

終わりに

3カ月に及ぶ六十の手習いも終わりを迎えた。その効果を列挙してみると、
・40年に及ぶサラリーマン生活はすっかり洗い流すことができた、
・小学生のイロハから中国語を始めたので頭の中が多少若返った、
・多少中国語の基礎を習得できた、
の3点だろうか。勿論本来の主目的は3点目だったのだが、思いのほか、上の2項目が効果的であったようだ。新たな生活のリズムにスムースに入っていけるように感じる。

今後は、もう少し中国語に磨きをかけたい。その上で、5000年の歴史を持つ中国文化をもっと勉強し、日中文化交流に多少の貢献ができればこれにすぐる幸せはない。
ここまでお読みいただいた方々には心から御礼し、台北日記を閉じることとしたい。
本当にありがとうございました。


 

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六十の手習い―台北日記(9)―

2008年12月17日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

台湾人の宗教観



▲龍山寺周辺の露天商。尺八を売っていた。演奏はなかなかのものだった。

宗教観について書くのは難しい。ましてや、私にとって外国人である台湾の人々の宗教観について書く能力は私にはない。宗教に関する専門的な知識も乏しい。
しかし、台湾の人々の日常生活に組み込まれた宗教観に限りない興味を覚えたのも事実である。生活に密着した神様が人々の現実的欲求を満たすための祈りの対象になっている。そこには日本人の宗教観との共通性が色濃く感じられた。
今回私が書くのは、宗教というよりは、現実に日々直面する多くの現実的課題、問題に台湾の人々がどう対処しているかという姿なのかもしれない。



▲龍山寺にお参りする善男善女。線香の煙が色濃く立ち昇る。


私個人は宗教を聞かれると仏教徒と答える。私の家は浄土真宗であり、先祖はみな真宗寺院に葬られている。しかし、私は決して敬虔な仏教徒とはいえない。ミャンマーの人々の仏教観に接したとき、私は自分がいかにいい加減な仏教徒であるかを痛感した。
同時に、私は神社詣でを欠かさない。各地を訪れれば、必ずその地を代表する神社にお参りする。神社を包む荘厳な雰囲気の中で、私は一時、浄化されたような幸福感を味わう。その意味で、私は胸を張って神道の徒と言える。
私にとっての上記の仏教、神道は果たして宗教なのだろうか?はなはだ疑問である。
仏教は祖先崇拝に欠かせないものであり、葬儀とか年忌にも欠かせない。神様は、初詣、お祭りに不可欠であり、また、何かお願い事があれば必ずお参りする。ともに、極めて現実的な必要が生じた時に、私自身が使い分けている一種の手段のようだ。決して人生をかけて信じているものとはいえない。
これは私個人の宗教観なのだが、周囲を見ていると日本人の多くに共通する宗教観のようにも見える。

台湾で私が感じた人々の信仰心は、こうした私の宗教観に近似しているように見えた。こと宗教に関する限り、台湾の人々と私の考え方はよく似ているのだ。



▲龍山寺で熱心におみくじの木型を投げる女性。何回も繰り返していた。


台湾には、大きく分けて「寺」と「宮」がある。台北市内の代表的な寺は「龍山寺」である。一方、代表的な宮は「行天宮」と呼ばれる。

龍山寺は地下鉄の駅名でもある。台北旧市街の西門に近い。地下鉄から地上に上がると一見浅草のような感じが漂う。駅の周囲が既にごった返す人の群れでにぎわっている。中に入ると、線香の煙が色濃く漂っている。参拝の人々は、日本よりも遥かに長め、太めの線香を目の前に振りかざしながら熱心にお祈りしている。人は多いのだが、ほとんどの人は自分の祈りに熱中し他人への関心は見られない。真剣に祈っているのだ。お祈りの対象は必ずしも仏様ではない。正面に鎮座するのは確かに観音様なのだが、直ぐ脇には、関帝が祀られており、その隣には嗎祖が祀られている。そのほか、私の知らない神々もおられる。要は、神仏混淆なのだ。しかも、ほぼ並列で仏様と神様が並んでいるのだ。私の場合、少なくともお寺に行く時は仏様に祈り、神社に行けばそこの神様に祈る。しかし、ここ龍山寺では仏様にも神様にも一緒にお祈りできるのだ。鷹揚そのものである。




▲行天宮の全景。いかにも豊かなお宮の風情が漂っていた。

一方、行天宮に行ってみると、ここも大変なにぎわいだ。ここの主祭神は関帝である。中国で最も人気のある神様がこの関帝ではないだろうか。三国志で有名な、あの劉備玄徳に忠誠をつくした豪傑関羽である。関帝はなぜか商売の神になっている。関羽がなぜ商売の神なのか。私にはその経緯がよく解らない。しかし、行天宮に行けば関羽の人気がいかに高いかがよく解る。老若男女が集まって、それぞれの願い事を真剣にお祈りしている。青っぽい長衣を纏った人が、列を作って並ぶ人々にお払いのような仕草をしている。後方に並ぶ同じ衣装を着た人々はお経のようなものを唱えているが、覗いて見るとどうも三国志の一節のようにも見える。



▲行天宮入り口にあるお清めの場所。ここで手を洗い、口をすすぐ。日本の神社とは異なり、何んとなく実用的。


台北の人に聞くと、龍山寺に行くこともあれば、行天宮にお願いに行くこともあるという。要は、時と場合によって使い分けているのだ。私の信心と全く変わらない。もっと柔軟と言っていいかもしれない。
おみくじもある。日本とは違い、半月形の二つの木型を地面に投げて、その向きによりお告げを手にする。お告げの内容が良くなければもう一度木型を投げる。要は、いいお告げが出るまで木型を投げ続ける。神社を変えて大吉が出るまでおみくじを続けるのに似ている。

果たしてこれが宗教と言えるのか。しかし、このおおらかな信仰心になぜか私はほっとするのである。


 

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六十の手習い―台北日記(8)―

2008年12月03日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

台北讃歌(4)-郊外-


前回に引き続き台北郊外の魅力について書いてみたい。



▲猫空ロープウェイから見た郊外の住宅街。遠くに世界最高の101が見える。

・猫空(マオコン)

MRTの木柵線は無人運転の新交通システムである。忠孝復興駅で地下鉄から乗り換える。木柵線は無人ではあるがなかなかのスピードで高架の線路を走る。沿線は近年開発が進んだ住宅地のようだ。この電車の南東の終点が動物園駅。この駅から猫空へ向かう猫空ロープウェイが出発する。
このロープウェイは一度試すに値する。相当の高度を約30分もゴンドラに揺られる。景色は素晴らしい。緑の山を隔てて遠くに台北の街が見える。日ごろの勉強の疲れも一気に忘れるほど気分爽快である。途中に、動物園内と指南宮という2つの駅があるが、ほとんどの人は終点の猫空で降りる。



▲猫空からロープウェイで一駅行くと「木柵指南宮」がある。道教の聖地。


猫空という地名はユニークである。しかし、その由来は聞き洩らした。
猫空駅は丘陵の上にあり、周囲には茶畑が広がっている。猫空は鉄観音の産地として有名なのだ。お茶を飲ませる茶館も丘陵のそこここに散在する。晴れた日には気持ちのいいハイキングができ、茶館では鉄観音が味わえる。
私はのんびり丘陵地帯の散歩を楽しみ、比較的すいている茶館を見つけて目の前に広がる景色を堪能しながらお茶を味わった後、バスで10分ぐらいの指南宮に向かった。
指南宮は山中に建てられた巨大な道教寺院である。道教の聖地というイメージではなく、赤いきらびやかな寺院だ。時間があれば一度見てみるといいかもしれない。



▲観光客でにぎわう九份の細いメインストリート。


・九份(ジョウフン)

近年、台湾人にも日本人観光客にも急速に人気の出た街が九份である。私は見ていないが、「非情城市」という映画の舞台として脚光を浴びたようだ。
台北から東に車でほぼ一時間、山の中に位置する。1893年に金鉱が発見されて以来、鉱山町として栄えたという。今は金も枯渇し、観光で成り立っている。山の斜面に小さな家が軒を並べ、間の細い通りに観光客がひしめく。両側の店は、お土産屋と食べ物屋が多い。特に、芋圓といってタロイモの粉を主体として作った白玉のような形、歯触りの食べ物が名物のようだ。氷白玉と白玉ぜんざいがある。私は両方試してみたが、さっぱりとした淡白な味で、歯ごたえもいい。



▲九份の坂の途中にある茶楼。映画「非情城市」の文字が見える。

九份から15分ぐらい離れて金瓜石(ジングアシイ)の街がある。ここも金の採掘で栄えた町だ。日本時代の建物がきれいに整備されて残っており、町全体が博物館のようになっている。黄金博物館には、昔の坑道が残されており、中に入ることができる。私は何回か佐渡の金山跡を訪れているが、坑道の中は良く似ている。ところどころに人形が置いてあって、昔の掘削の様子が解るようになっているのも同じである。
九份では買い物と喫茶、食事を楽しみ、金瓜石で金鉱山の様子と当時の街の有様をしのぶというのがコースとしては良いだろうか。



▲金瓜石。金の坑道に入る博物館の入り口。ヘルメットを貸してくれる。


・陽明山

台湾には六つの国立公園があるという。陽明山は、ほぼ台北の市内に位置するのだが、国立公園である。縷々述べてきたように、台北がいかに自然に恵まれているかが、この一事をもってしてもお分かりになるであろう。
陽明山には台北駅から直通バスが出ており、約50分で山頂に着く。私は、地下鉄で士林駅まで行き、そこから30分ほどバスに揺られた。台湾人に人気の公園であるからバスは満員。しかし山道から台北の街の景色を楽しんでいるとすぐに到着するので、立ちっぱなしもあまり苦にならない。
バス停からは山頂の公園内を回遊するバスが出ている。歩くには広すぎる公園なので、バスを利用し、自分の好きなところで降りて、自然を楽しむというのが良い。
陽明山に行く時には天気に気を付ける必要がある。台北の街が快晴でも、バスが昇るに従って雲が増し、山頂では雨ということもあるからだ。海からの空気が山にあたり、雲となるのだろう。私は2回行ったのだが、2回とも山頂は小雨だった。
しかし、晴れた日の陽明山は格別だという。自然だけでなく、温泉もあるようだ。私ももう一度晴れた陽明山に挑戦してみたい。



▲故宮博物館の正面。緑の山懐に抱かれるように建てられている。


・故宮

国立故宮博物館を郊外と言っていいものかどうか。先ほどの地下鉄士林駅からバスに15分ぐらいのると山懐に抱かれた故宮に到着する。周囲は一面緑であり、郊外と言ってもいい素晴らしい環境だ。
この博物館について私が今更説明する必要はないであろう。中国文明の真髄が一堂に集められているのだ。
私はこの博物館にほぼ毎週土曜日に通った。全部見るには何年もかかると言われている博物館だ。毎週一回通うぐらいでは何も見たうちに入らないだろう。しかし、週末になるとまた行ってみたくなる場所。それが故宮である。


 

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六十の手習い―台北日記 (第7回)―

2008年11月19日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

【台北讃歌(3)-郊外1―】


台北は周囲を山に囲まれた盆地である。従って台北の街のどこからでも周囲の山が見える。山は濃い緑に覆われている。緑が人々に安らぎを与える。
私は時間を見つけては、台北郊外に勉強の疲れを癒す安らぎを求めた。




▲烏来の温泉街。川沿いにたくさんの温泉宿、土産物屋が並んでいる

・烏来

台北の郊外には温泉が多い。
地下鉄の北の終点近くには有名な北投温泉がある。南の終点からタクシーで30分強も行くと烏来という温泉に辿り着く。西にも東にも温泉がある。
ある週末、私は烏来に宿をとった。まだ台北について間もなかったので、地下鉄を利用せず、ホテルから車に乗った。1時間半ほどの距離である。地下鉄の南の終点「新店」を過ぎると道は川に沿って登りになる。深山というほどではないのだが、どこか箱根の旧道を思わせる道が続く。誰もが同じ感想を抱くのだろうか、「強羅」などという名のホテルもある。
烏来の街は川に沿った温泉町である。川の両岸に温泉旅館が建ち並ぶ。
温泉は透きとおったサラサラの泉質である。スパ施設も充実している。



▲烏来瀑布。ロープウェイから見る瀑布の景観は見事である


もともと、烏来は原住民族「タイヤル族」の住む地域である。「ウーライ」という地名自体がタイヤル語で「温泉」を意味するようだ。タイヤル族の女性は美人が多いと聞いた。確かに軒を並べる土産物屋の女性は、タイヤルの民族衣装を纏った美人ぞろいである。
温泉街のはずれにトロッコ乗り場があった。説明文によると、日本統治時代に林業用に敷設されたトロッコだという。私は昔の姿をとどめるトロッコに乗る。川沿いの上りをトロッコが快適に運んでくれる。(ここで学生証が威力を発揮した。本来往復100台湾ドルが50ドルになったのだ。多少申し訳なく思ったが利用させてもらった。お金よりも、学割を使えるという久しぶりの経験を楽しんだと言った方が良いだろう。)
トロッコの終点からは「烏来瀑布」という滝の眺めが素晴らしい。
そこから、さらにロープウェイに乗り継ぐと、「雲仙楽園」に着く。空気もどこかひんやり感じられる高地である。ロープウェイからの滝の眺め、眼下の烏来の村の眺めは素晴らしい。台北からわずか30キロ弱とは思えない景観を満喫できる。




▲基隆駅。基隆の街の中心。すぐ前に港が広がる。


・基隆

基隆という昔からの台北の表玄関に当たる港までは、距離にして約30キロ、バスで40分ぐらいだろうか。当初、日本との交流はこの港を経由して行われた。我々はつい山の向こうは遠いと感じてしまうのだが、私の家庭教師の一人は毎日基隆から通ってくる。台北の郊外の町と言っていい。
台北―基隆間には鉄道も走っている。約50分。基隆の街の中心は港のすぐ横に位置する基隆駅だと言っていいのかもしれない。
駅から5分ぐらいの所に慶安宮がある。嗎祖を祀ったお宮である。私が行った時は周囲の工事をしており、お宮には横の入り口から入った。中はきらびやかであった。「嗎祖」は特に船乗りの信仰の対象であったと聞いた。そういえばマカオでも嗎祖のお宮が大繁盛していた。(「繁盛」と言っていいのだろうか?)




▲基隆の慶安宮。港町らしく嗎祖が祀られている。

港の東に中正公園という小高い丘がある。頂上には大きな観音像が港を見下ろしている。中正公園の南に極楽寺というお寺がある。お寺の本堂「大雄宝殿」には白い玉でできた大きな釈迦牟尼像が座っておられる。説明によると、ミャンマーから寄贈されたものだという。
私が基隆に行った日は、特に暑い日だった。お寺の階段を上り下りしたり、中正公園へ登ったりしているうちに汗みどろになり、疲れ切ったので、基隆には長居出来なかった。ガイドブックによれば、基隆にはまだまだ見どころがあるようだ。また出直さねばならない。

▲基隆の極楽寺大雄宝殿に鎮座する白玉の釈迦牟尼像


・淡水

地下鉄の北の終点が淡水である。淡水河がここで海にそそぐ。
私の通っている淡江大学の本校はこの町にある。
淡水は古くからの貿易港であり、また、要塞の街でもあった。
スペイン人、オランダ人、イギリス人が相次いでこの町の要塞を利用した。大航海時代の勢力図の変遷が紅毛城と呼ばれる古い要塞の歴史に刻み込まれている。




▲淡水から漁人嗎頭に向かう渡し船。結構混んでいた


淡水には夕方行け、と家庭教師の一人に言われた。夕日が素晴らしいというのだ。しかし、一人きりで夕日なんかを眺めても寂しくなるだけだ。私は天気のいい日曜日の午前中に出かけた。地下鉄を降りて10分ぐらいの川岸から、「漁人嗎頭(フィッシャーマンワーフ)」行きの渡し船が出ている。私はこれに乗って15分の船旅を楽しんだ。
確かに漁人嗎頭からの夕日は素晴らしそうだ。西に向かって海が広がっている。嗎頭には土産物屋、カフェ、食べ物屋が軒を連ねている。



▲写真左:漁人嗎頭。フィッシャーマンワーフというイメージとも少し異なるが夕日の眺めは素晴らしいという。 
▲写真右:紅毛城。海を睨む大砲の列が、大航海時代をしのばせる。


今回駆け足でご紹介した三つの郊外の街はすべて台北から30キロぐらいの距離にある。台北の周囲がいかに変化に富んだ自然に恵まれているかがお分かりになると思う。
次回はもう少し台北の郊外について書いてみたい。



 

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六十の手習い―台北日記 (第6回)―

2008年11月05日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

【台北讃歌(2)-路上風景―】

台北は居心地のいい街である、と書いた。
しかし、台北からアジアが始まる、とも書いた。
やはり台北はアジアなのだ。近代的な側面を数多く有するにもかかわらず、街を支配する香りは圧倒的にアジアなのだ。日本人に安らぎを与える香りではあるのだが、同時に、多少の違和感を覚えるあの香りが町全体を覆っている。




▲軒下歩道。台北の夏を過ごす知恵の一つであろう



・オートバイに占拠された歩道

台北の車道には、前に述べたとおり、タクシ―、自家用車、バス、そしてオートバイが氾濫している。台北は盆地なので車の排気ガスが滞留しやすい。特に昼間は空気が汚れていると感じる。
昨今の原油高の影響もあり、車よりもオートバイの数が増えている。特に朝晩の路上はオートバイに覆われる。二人乗りのオートバイも多い。私は国際免許を用意したのだが、この路上風景を見て運転を諦めた。縦横無尽に走り回るオートバイの中を運転するのは至難の業である。
この車道にあふれるオートバイの駐車場所が十分ではない。特に繁華街では駐車スペースがまったく不足している。従って、オートバイが歩道を占拠するのだ。
台北の歩道は写真でお分かりになるとおり、ビルの軒下を通るようになっている。これは長年の知恵に違いない。台北の夏は暑く、その日差しは強烈である。歩道が軒下を通れば、歩道にいる限り日差しを避けることができる。この日陰になった歩道を、急がずゆっくりとしたテンポで歩く。これが台北の夏を攻略する要諦の一つである。町のテンポ、人々の生活のリズムも風土、気候が作り上げるものなのだ。

▲歩道に溢れるオートバイ。違法駐車ではないようだ

軒下歩道にはもう一つの意味がある。アジアの特徴の一つはスコールだ。これも台北から始まる。突然叩きつけるような雨が降り、しばらくすると元のからっとした晴天に戻る。この雨をしのぐにもってこいなのが軒下歩道だ。私が午後勉強している塾からホテルまではゆっくり歩くと20分ぐらいかかる。しかし、この20分はすべて軒先でカバーされている。突然の夕立でもほとんど濡れずにホテルに戻れる。もっとも、雨の勢いが凄いので、横断歩道を渡るだけでもびしょ濡れになる。やはり軒を借りての雨宿りは必要になる。一番ひどい時は、雨宿りが2時間に及んだこともあった。それからは、晴れた日でもリュックに傘を入れることにした。傘は台北の夏の必需品である。
この大事な歩道が、昼間はほぼオートバイに占拠される。写真でお分かりになるとおり、歩道にオートバイが氾濫している。歩くスペースはおのずと極めて限られる。人々はオートバイのないスペースをよって歩く。時々むやみと腹が立ってくることもあるが、これだけ数の多いオートバイを相手に癇癪を起しても無意味だ。台北の人もあきらめているのかあまり文句を言わない。
これだけのオートバイが歩道に駐車されるので、駐車スペース探しも大変である。スペースを探すオートバイが歩道を走りまわる。駐車スペースから出ていくオートバイもまた、歩道を走る。ただでさえ細い歩道を、歩行者はオートバイに注意しつつ歩かねばならない。台北の街に「歩行者優先」という言葉はないのだ。




▲「魔術xxx」。命名にも老闆の商魂がたくましく表れている



・路上の店

台北の歩道を彩るのが路上店舗である。
細い路上に各種の路上店舗が店を広げる。あらゆる物が売られている。食べ物から始まり、衣服、靴、時計、装飾品、果ては宝くじまでが路上に揃っている。
食べ物だっていろいろの種類がある。そば、うどん等が食べられる軽食の店、果物屋、八百屋、飲み物屋、たこ焼き、今川焼(のようなもの)、何でも手に入る。食べ物のにおいが路上を覆う。屋台から出発して大きな店を構えた人も多いという。屋台とて決して馬鹿にはできない。
時には不思議なものも売られている。写真は、「魔術xxx」である。何に使うのかよく解らないが、命名もユニークである。

▲路上店舗の老闆。一日の稼ぎはどのくらいになるのだろうか?


これだけの店が路上を埋めているのだから、台北の人は路上でのショッピングを厭わないのだろう。路上に、売る人と買う人のエネルギーが溢れる。
台北の人の大きな特徴は、若者も含めて、大きな会社、サラリーマン、サラリーウーマンを目指すのではなく、小さくてもいいから自分で商売を始めようという意欲が強いことだ。極端にいえば、みんなが経営者志向なのだ。中国人のいう「老闆(ラオパン)」だ。「寄らば大樹の陰」とは正反対の、強烈な独立志向である。
路上店のオーナーだって立派な老闆なのだ。


 

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六十の手習い―台北日記 (第5回)―

2008年10月22日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

【台北讃歌-1】
台北は居心地のいい街である。
町が清潔だとは言い難い。道路は車優先で、注意して歩かないと危ない。盆地だけに空気もなんとなく汚れている。決していいことばかりではない。
しかし全体として、極めて居心地が良いのだ。
私は、97年から01年まで福岡にお世話になった。福岡は大変素晴らしい街で、私はたちまちのうちに福岡の大ファンになった。東京生まれの私にとって、福岡は第二の故郷と言ってもいい。その福岡と台北には共通点が多いように感じる。

▲家庭教師派遣会社を支える女性スタッフ。みな大変明るい

・人々

街の居心地は、そこに住む人々によって大きく左右される。その点で福岡は秀逸である。
台北の人々もまた素晴らしい。気持ちが温かい。日本との関係は、過去も含め複雑なのだが、私は嫌な思いをしたことがない。いつも温かい心に囲まれているように感じる。
人々は、極めて陽気である。周囲には明るい笑いがあふれている。台湾の人同士の会話も明るいし、私に対しても明るい。
その上、率直である。何かあれば極めて率直に話してくれる。中国人の率直さなのだが、温かく、明るい気持ちとともに発せられるので却って心地いい。
大学の先生、事務局の人、家庭教師の先生、家庭教師派遣会社の事務の女性たち、いつも行くレストランのウェイトレス、みんなが温かく、明るく、そして率直である。
もちろん、日本人とは異なる。時間の観念もその一つだろう。時間に正確とは決して言えない。物事が「問題ないよ!」の一言で終わっていくのも日本とは違う。
しかし、そこだけを見て、「台湾は・・・」という人は大事なことを見落としている。台湾から見れば、日本人は時間に振り回され、細かい問題に汲々としていると映る。日本人はもっと相手のコンテキストで他国を理解していかねばならない。
そうやって日本を眺めると、日本がかなり特異な国だと解ってくる。その「特異性」は日本の大きな長所なのだが、まずは相手の長所を理解したうえで、日本人の長所を解ってもらう努力が必要である。グローバルな世の中で生きていくには、先ずは相手を認めることが大事だ。そこから初めて日本の「特異性」への理解が生まれる。
台北にいると、そんな感想が湧いてくる。

▲地下鉄の終点「動物園駅」から出ている「猫空」行きのゴンドラから見た

・自然

台北は周囲を山に囲まれている。101という最近まで世界一の高さを誇ったビルの展望台に立つと、一目瞭然、台北が盆地であることがよく解る。
山の姿がすぐそばにある。山は緑が濃い。台北の猥雑さを車で15分離れると、この緑に辿り着き、抱かれる。
山のそこここに温泉がわき出る。温泉まで30分もあれば行ける。温泉には立派なスパ付きのホテルが建っており、台北市民のリクリエーションの場になっている。
山に囲まれているので海は遠いように感じるかもしれないが、前回説明した地下鉄の北の終点は海である。40分ぐらいで着く。そこに流れ込む淡江という川は台北の西側を流れて海にそそぐ。河畔は、サイクリング、ジョッギングなどに格好の緑地帯だ。
私は、福岡にいたころ、「5分で海辺。15分で猪、30分で猿に会える」と、福岡の自然を讃えた。台北は福岡には及ばない。しかし、首都としてはいい線をいっている。良い街に不可欠の山と水を有している。

▲繁華街の真ん中にある林森公園の百日紅。台北の夏は緑陰が貴重である。

・街

台北の町中にもいくつか大きな公園がある。最も大きな公園は大安森林公園である。日本人に人気の小龍包のお店「鼎泰豊」に近いのだが、観光客が行くことは稀だ。公園には、リスが遊んでいる。日比谷公園でリスを見つけたようなものだから、私は興奮して何枚も写真を撮った。
しかし、街の基本的印象はアジアである。中心部でさえも、どこか雑然としている。歩道は、オートバイが我が物顔に駐車しているので狭い。その狭い歩道に駐車スペースを探すオートバイがこれまた我が物顔に走ってくる。
歩道には、露天が並ぶ。何でも売っていると言っていい。食べ物、洋服、雑貨、時計、貴金属、宝くじ。歩道はさらに狭くなる。その狭い歩道を人がゆっくりとしたテンポで歩く。日本人のせかせかした歩き方には全く不向きである。私も、最初はテンポが合わずに困った。しかし慣れて見るとやはり台北には台北のテンポが似合う。なにせ、暑いのだから、そんなに急いで、汗をかいてどうするのかという気分に自然になってくる。
風土が、国民性を形作るのだと肌で理解できる。

▲大安森林公園のリス。台北の真ん中でリスが元気に暮らしている。


 

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六十の手習い―台北日記 (第4回)―

2008年10月08日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

今回から、少し台北生活に触れていきたい。
台北は、人口二百六十万人の大都市である。世界一の高さを誇った101をはじめとして、高層建築も多い。近代的な側面を持っている。
しかし、同時にアジアである。日本ももちろんアジアの国なのだが、私がアジアというときの「アジア」は、あの、活気、混雑、猥雑さ、においのすべての複合体を示す。それは、やはり日本とは異なっている。アジアは台北に始まると言っていい。
私は、この何とも言えない「アジア」が嫌いではないのだ。
先ずは、台北の交通機関をご説明しよう。

▲毎日お世話になるバスとタクシーの列

・タクシー

毎日9時半にホテルを出て大学に向かう。
バスは、途中で乗り換えが必要だし、地下鉄は、駅から大学まで15分ぐらい歩く。台北の夏に15分の歩きは、汗だらけを意味する。
私は、毎日タクシーにした。これも贅沢に聞こえるが、台北のタクシーは安いのだ。基本料金は70ドル(250円ぐらい)。学校まで、約10分、400円ちょっと。休みの日にバスを試してみたが、50分かかったから、タクシーのコストパーフォーマンスは高い。
台北のタクシーはすべて黄色である。ニューヨークと同じイエロウキャブだ。台数は極めて多い。道路が黄色いと感じる時もある。したがって、台北の中心地でタクシーを拾うのに苦労することはほとんどない。
最初は行き先の発音だけをしっかり覚えて、あとは無言。行先すら理解されず、最後は住所を書いた紙を示さなければならなかったことも多い。しかし、不思議なもので、この頃は、そこは真っ直ぐ、次を左折などと言えるようになり、時には、四方山話もできるようになった。(といっても、よく理解できない部分が多いのだが。)

▲バス停の表示。路線番号と路線図だが、読みにくい

・バス

帰りは時間があるので、バスに乗ることが多い。
台北の交通の主役はバスである。九州の福岡に似て、バスの台数が多く、料金も安い。基本料金は15ドルだ(50円強)。路上にはバスがあふれており、次から次とバスがやってくると言っても過言ではない。乗りこなせれば便利である。
しかし、乗りこなすには、多少の準備と練習が必要となる。
先ずは、路線が極めて複雑である。出発地点と行き場所が決まっていれば、あらかじめ路線番号を調べておいた方がいい。しかし、疲れたから、ここからはバスに乗ろうというときなどは、バス停で路線図とにらめっこが必要となる。写真のように、バス停には路線番号ごとに路線図が示してある。しかし、見やすいとはいえない。一生懸命目的地を探しているうちに、バスが行ってしまうこともある。
時刻表はない。何分おきぐらいと書いてある路線もあるが、あまりあてにならない。自分の乗るバスがいつ来るかわからないのは不安なものである。
自分の乗るバスが来たら、手を挙げて乗りますという積極的な意思表示が必要だ。止まってくれると思って待っていると、バスは容赦なく通過していく。私も最初はこの悲しい目に何回かあった。折角来たバスが目の前を通過していってしまうのは本当に悲しいものだ。しかし、同時に台北らしい柔軟な面もあって、行ってしまったバスが交差点で止まったら、ドアを叩いてみるといい。開けてくれる運転手さんも多い。

▲捷運(MRT)の路線図

・地下鉄

正式には、「捷運」または、「MRT」という。写真に路線図を示したが、大きく言えば、現在3路線ある。市内では、地下鉄工事がおこなわれているのでまだまだ延長されていくのだろう。地下鉄と書いたが、少し中心を離れると、高架鉄道に変わる。
これは便利である。近代公共交通機関と言える。清潔。正確な運行。便利なカード。(いわばスイカだ。このカードはバスでも使えるし、ほかにも用途が広い。優れもの。)
私のホテルはこの駅に近いので、休みの日など大変お世話になる。
駅ではきちんと並んで乗る。アジアでは特筆に値すると思うがどうだろうか。若い人は、老人等に席を譲る。日本では失われつつある美風ではないか、などと老人らしい感想が浮かんでくる。

▲人々はきちんと列を作って捷運(MRT)を待つ

私の台北生活は、この3種類の交通機関に助けられて順調に進んでいる。順調でないのは中国語の勉強だけだ。
次回からは、少し台北の魅力に触れていきたい。


 

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六十の手習い―台北日記 (第3回)―

2008年09月24日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

初心者にとって中国語は大変難しい。覚悟していたとはいえ多少参った。
私は専門家ではないのでおかしなことを書くかもしれないが、今回は中国語学習について感想を書いてみたい。少し硬くなるが、ご容赦いただきたい。

▲もう一人の家庭教師、張老師と。日常会話を中心に教えてもらっている。


・ボポモフォ

中国語の発音は難しい。日本語にない音がいくつもある。
特に、母音の聞き分けができない。多分15ある母音のうち、聞き取りの難しい音が5個ある。15分の5の母音が聞き取れないのは致命的である。
聞き取れない音は、当然発音も難しい。自分ではちゃんと発音しているつもりでも、先生に聞こえる音は全く違うようだ。
子音も、22のうち、10個ぐらいは、聞き取りが難しい。
発音は、巻き舌を初めとして、舌の位置と唇の形が日本語とは異なる。音を出していると、舌をどこへ置いたらいいのかわからなくなり、口が強張ってきて、ますますおかしな音になっていく。
台湾では、子供のころから、この音を「ボポモフォ」で習う。(正式には、注音という。)
「ボポモフォ」は「あいうえお」であり、同時に、発音記号でもある。最初は、親しみのあるアルファベットを使ったピンインの方が良いなあと思ったが、次第に、ボポモフォの良さがわかってくる。少なくとも、中国語の音を正確に表現するには優れているのだ。(私が正確に発音できると言っているわけではないので誤解しないようにお願いします。)
我々3人は、まずこの「ボポモフォ」に挑戦する。まさに小学一年生だ。写真のように、カルタのようなものを作って、先ずは37の音を覚える。これですべての中国語の発音を表現できるのだから、優れものだ。しかし、使いこなせていない。
(台湾のタイプライターは、キーが「ボポモフォ」で出来ているという。台湾の人は、当然、すべての音を聞きとっているということだ。驚異的!)



▲ボポモフォのカード。優れものだが、夜夢に出てくるほど悩まされてもいる。



・声調

四声のことである。ボポモフォの横に記号を書いて表す。
これが難しい。同じ高さ、上がる、下がってから上がる、下がる、の四つだけなのだが、どれも難しい。しかも、これを間違えると、全く違う意味になる。日本語にも、「柿」と「牡蠣」とか、「橋」と「箸」のように同じ音だがアクセントの違いで意味の異なるものがある。しかし、日本語の場合は、アクセントが違っても、文脈の中で理解が可能であり、大きな間違いにはつながらない。
ところが、中国語の場合は、容赦なくほかの意味にとられる。
例えば、私が(値段が)「高い」というと、相手は、私が「鬼」と言っているとしか聞きとらない。同じ音で、声調が違うだけなんだからそのくらいわかってくれよ、と思ってもほぼ絶対に理解されない。「猫」は可愛いと言うと、「羽」がなぜ可愛いのだと、怪訝な顔をされる。英語でもアクセントの違いは大きいが、中国語の四声ははるかに厳しい。私の場合、いまだに間違えてばかりだ。きっと耳が悪いのだろう。どうなることか。

▲小学生用の宿題帳。小学1年生のやり直しだ。


・語学学習の効用

年を重ねると、脳の劣化は防ぎ難い。人によって異なるとは言っても、スピードが違うだけだ。この意味から言うと、語学学習は劣化のスピードを遅めるのに最大の効果があるような気がする。
写真にあるとおり、私の宿題帳は小学生のものである。台湾の小学生がやっている勉強をしているのだ。つまりは、小学生に戻って、改めて脳を鍛え直しているようなものだ。記憶力、思考力、作文能力等を基本からやり直す。久しぶりに脳の隅々まで使っているように感じる。私の場合、劣化の程度がひどいので効果に疑問があるが、皆様にはぜひお勧めしたい。台湾生活を楽しみながら、脳も鍛え直す。二重の効果があるとお思いになりませんか。

今回は、少し勉強のことに偏ったが、次回から台北生活あれこれをお話ししたいと思っています。


 

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六十の手習い―台北日記 (第2回)―

2008年09月10日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

私の台北留学は3カ月と期限を区切った。
いかに退職したとはいえ、家族の手前、一年も二年も「勝手に一人暮らし」をするわけにはいかない。やはり3カ月が限度である。貴重な3カ月をどう使うか。



▲午後の家庭教師の一人、柯老師。会話を中心に教えてもらっている。


・大学と家庭教師

午前中2時間は、淡江大学の外国人向け語学授業をとる。淡江大学の本校舎は郊外だが、語学教室は市の中心にある。
入学に必要な書類はすでに日本から送ってあり、教務課でお金を払えば入学完了。実に簡単であっさりしている。45年ぶりでもらった学生証に大感激!
しかし、中国語は、まったくの初心者である私が一日2時間、3カ月でものにできるほど甘くはない。
午後は、毎日3人の家庭教師を頼むことにした。家庭教師を斡旋してくれる会社はいくつかあるようで、その一つに頼んだ。(青鳥管理顧問社、通称Bzという。)授業はその会社の事務所を使わせてもらう。事務所の一部がブースに分かれており、そこで教えてもらう。派遣員の奥さんと思われる人が隣のブースにいたりする。お隣の進み具合が気になることもある。(大変生意気!!)

▲40年ぶりの学生証。なんだか持っているだけで嬉しい。学割活用に大活躍している。


・学生証大活躍

学生証は実に役に立つ。学割が利くのだ。学生証を提示すると最初は怪訝な顔をされる。
それはそうだろう。とても学生とは思えないおじ(い)さんが、学生証を出すのだから。しかし、事情を説明すると苦笑しながら学割にしてくれる。こちらは、まけてもらうというよりも、学割を使ってみたいだけなのだが、その辺を理解した苦笑である。おおらかで、ほっとする。
(今までの学割適用成功例)
 ・故宮博物院:すでに週末に2回行ったが、2回とも学割にしてくれた。半額になるから大きい。
 ・烏林温泉のトロッコ:台北郊外の温泉地、ちょっと箱根に似ている。日本時代の林業トロッコが今は観光に転用されており、これも学割にしてくれた。
これからも機会があれば試してみたい。



▲教室で、先生、クラスメートと共に。後ろの白板に書いてある「準備好了?」とは、試験の準備はOKかという質問。久しぶりの試験に超緊張!



・クラスメート

私のクラスは、生徒が3人。大変小さいクラスだ。語学を習うには、少人数がベターであ
る。ラッキー!
先生は、鄧翆雲老師。先生という言葉は男にしか使わないそうで、若くても老師と呼ぶ。
大変熱心な方で、いつも20分ぐらい授業を延長する。教え方も上手い。外国人に中国語
を教えるプロという感じの方だ。生徒に慕われているようで、次から次へと他のクラスの
生徒が相談に来る。
クラスメートは、もう一人が日本人。大変おおらかな好青年。私と同じく、カナダに留学
していたという。他の一人は、インドネシアからから来た華僑系の若いお嬢さん。華僑も
きちんとした中国語(北京語)を習う必要があるのだろう。みんな初心者だ。
この3人で、これから3カ月中国語に挑戦だ。がんばるぞ―!!


 

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六十の手習い―台北日記 (第1回)―

2008年08月27日(水)

text by ジャルパック元社長 : 梶 明彦

▲淡河大学台北校舎:市内の中心に近いが、周辺は静かな環境。隣はモルモン教の立派な教会


「六十の」と題したが、この題そのものに既にサバが読まれている。私の実際の年齢は63歳と5か月。6月末にジャルパックの社長を引退した。
多くの団塊世代と同じく、私も人生の99%を会社に捧げてきたと言って過言ではない。引退後は、少し自分のために時間を使いたい、我々の世代が等しく持つ夢である。
何をしようか? 結構考えた。

結論:中国語に挑戦しよう!



▲校舎正面で。:本人は学生らしくと思いリュックなどしょっているが、周囲の学生からは完全に浮いている


・なぜ、台北、なぜ、中国語?

正直言うと、理由など何でもいいのだ。
何かに挑戦する。多分、この気持ちが定年後の生活に新たなるリズムをもたらしてくれるに違いない。
しかし、敢えて理由をつければ、次のようになるだろう。
私は仕事柄、中国にもたびたび出張した。会議などで挨拶するときは、中国語の原稿を用意し、なるべく中国語でやるようにした。しかし、自分で理解できる中国語は,「ニーハオ」と「シェイシェイ」にすぎない。なんとかならないものか?片言でも良い、中国語でゆっくりと中国の一人旅をし、更に深く中国の文化、歴史に触れてみたい。
さらに言えば、漢詩を、読み下しではなく、中国語で読んでみたい。勿論、日本語でも漢詩鑑賞は十分に可能である。しかし、中国語で、きちんと韻を踏んで読んだら格好いいではないか!格好よさの追及、これを忘れると、老けこんでしまうに違いない。
台北は、中国に引けを取らず、語学教育で有名である。ファシリティーも整っている。台北で中国語の入門教育を受けた人は多い。人々も大変親切だ。食事のレパートリーも広く、味もうまい。どうせ、休暇に毛が生えたような留学なのだから、今まであまりなじみのなかった台北滞在も楽しもう。

▲廊下の壁にかかっている額縁:今はチンプンカンプン。3ヶ月後には、これを中国語で読めるようになっていたいものだ

・入学手続き等

これは意外と簡単である。
ウェブで見ると、いろいろな大学の語学研修の案内が出ている。料金的にも手ごろである。手続きはほとんど書類の郵送で可能だ。安ずるより産むがやすし。(私の場合は、台北に知り合いも多かったので、その方たちのお世話になった。)
住む場所には多少苦労する。今更、学生寮に滞在するのは無理だろう。第一、周囲の学生に迷惑だ。突然、63歳のおじ(い)さんが隣に来たら、どんな学生でも戸惑う。
私は、ビジネスホテルに泊まることにした。勿論多少は贅沢。しかし、40年間のサラリーマン生活へのご褒美だ。少し背伸びをした。

▲教室:209号室でこれから3ヵ月間お世話になる。少人数用のアットホームな空間だ


・台北到着

大きなスーツケース一つにすべてを詰め込んで、7月30日午後2時、台北、桃園国際空港に到着。
ちょうど43年前、一年間のカナダ留学のため、スーツケース二つで、香港の貨物船から、シアトル近郊のポートエンジェルス港に降り立ったのを思い出す。しかし、あの時とは年齢も違う。どうなることか。

この日記は、私の「珍・台北留学記」である。リアルタイムで書き進んでいくので、何が起こるか分からない。興味のある方はしばらくお付き合いください。


 

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