「人との触れ合い」
2007年02月26日(月)
text by 洞 恵
新しい年ももう2月に入りますが、皆さまお元気でお過ごしでしょうか?
今年の中国の春節(旧正月)は2月18日です。
世界中の中国人が故郷目指して帰国しますし、国内の交通混雑も日本の終戦直後の買出し列車のようです。
中国人は家族との絆をとても大切にしますし、親孝行で、春節に帰郷しないなんてとんでもないことのようです。
去年の10 月、数年ぶりに三峡クルーズに行きました。その報告ですが、今回は観光地のお話はありません。人との触れ合いのお話をしたいと思います。今回はヨーロッパの河船会社の船「センチュリーサン」に乗船しました。船のスタッフは全員、英語を話し、欧米式のサービス訓練がされていました。英語もうまく、欧米ナイズされているように見える彼ら同士の中国語の話の内容は、シーズンが終わったら、両親に何をお土産にしようかなど話していて皆、親思いでした。親の苦労を良く知っていて、感謝している様子が良く見えました。儒教の国のこどもたちでした。
荊州の希望小学校(貧しい家の子が授業料なしで行かれる学校で、この学校は船会社のあるドイツの援助でした。)に見学に行ったときの地元ガイドさんは中国人用のガイドさんで、中国語で外国人を意識しない飾らない話をしてくれました。
彼女の村は貧しく、高校にいける子も少なく、高校卒業後、専門学校(旅行学校)に進学できたのは彼女一人だったそうです。〔27 歳〕、今は大学に行かれる子が何人もいるとのことでした。とても両親に感謝していて、謙虚な優しい、昔の日本女性のような人でした。中国の農村の貧しさや、都会との格差を率直に正直に話してくれました。農村の子は朝早くから、家事をして小さくともいつも農作業を手伝っていたと言う話を懐かしそうにしてくれて、60代中心のお客様は、日本もそうだったんだと言いなさいと何度もわたしにおっしゃり、日本がいつか来た道を確認したような雰囲気で、言葉は通じなくとも、お客さまの励ましはガイドさんに通じました。
とても礼儀正しく、心使いが細かく、都会出身の日本語や英語のガイドさんとはずいぶん違うと中国慣れした方々の間で、後々まで話題になりました。
私は希望小学校の見学は子供たちとお客さまが交流していただくのが楽しみな反面、ツアーの中に組み込んで、(船の方針とはいえ)いることに正直少し、抵抗がありました。でも、ガイドさんは「ぜひ見てほしい、途中の村の本当の様子も知ってほしい。」と言ってくれました。また、上海人の友人は「色々な人がしょっちゅう見にいけば、援助のお金の使い方が明朗になるのだから、ぜひいくべきだ。」という意見でした。
私たちに日本人グループは、欧米グループとは別に小学2年生の教室に行きました。
子供たちは当然緊張していましたが、グループの長老格の方が、日本語で、優しく語りかけた気持ちも伝わり、お土産の文房具も効いたのか、すぐ、子供らしくわーわーきゃーきゃーと本領発揮となりました。美術家のお客さまに教壇に立っていただき、日本の折り紙教室を開催しました。一番簡単な飛行機ですが、飛ばしっこがはじまったとたん、さらに大騒ぎとなり、余りの騒ぎに、他の教室の見学に行っていた欧米人グループも集まってきてしまいました。見かけによらず、手が器用なことが実証された日本男児の方は子供たちにもっと作ってと取り囲まれ、照れに照れていましたが、楽しそうで、皆さま、一生懸命に子供たちの要望に答えていらっしゃいました。帰るときに私はある女の子から、大事そうにしていた、髪飾りを無理やり押し付けられて「先生、また来てね。」と言われ、言葉に詰まりました。「origami」の評判は帰船してからも続き、欧米人乗客もほしがり、独自に開いた、手作りノート教室にはパッチワークを船の中でしていたアメリカ女性も加わってくれました。
日本人グループは人気者となり、テーブルに欧米グループが訪ねてくるようになりました。関東大震災のとき父親が横浜にいたから、横浜の人と話ししたいとか!日本はこれから強大となる中国にどう対拠するのか?とか、石油政策など、答えが難しいものもありましたが、なんとなく、別グループだったのが、すっかり打ち解け、うちのお客さまの結婚記念日のときは、他のグループのベテランご夫婦が次々とお祝いにテーブルにきてくださり、「我々は結婚何年で先輩だ。」とか言って、記念撮影大会、こちらは「ORIGAMI」の引き出物?を差し上げ、また大喜びされて、大いに盛り上がりました。各テーブルで乾杯してくれるので、記念日カップルは大忙しでした。
言葉が通じなくても、仲良くしましょうと言う気持ちは伝わりましたし、「なんとなく日本人はいい奴だな。とおもってもらえてよかったよな。」とおっしゃったお客さまの言葉が耳に残っています。この船には日系2世の男性乗客がお一人乗っていらっしゃり、同じテーブルで、夕食を召し上がり、久しぶりの同世代の日本人との日本語での会話に感激していたのも忘れられません。心は日本人のままの方でした。同い年のお客さまとアドレスを交換し、再会を約束していらっしゃいましたが、実現したら、素敵なことだと思います。
ドイツ人のレストランマネージャーも、巨体をかがめて、話を理解しようと勤めてくれて、お客さまにニックネームをつけたりして、笑いを取るまでになりました。後でお客さまが写真を送ったら、お礼の手紙が来ましたが、自分の名前に「さん」をつけていて、日本語教育には失敗したようです。
中国人スタッフは若いせいか、日本語対訳のペーパーを配っておいたら、挨拶はかなりできるようになり、積極的に覚えようとするスタッフもいて、向学心のある若者たちで、お客さまは先生を務めてくださいました。覚えた日本語、次回まで、覚えていてくれているでしょうか。
三峡クルーズに参加されて、折り紙を折らされたり、レディファーストをやらざるを得なかった男性のお客さまには日本男児の評判を上げるという成果を上げていただき、感謝にたえません。日本の男性はやるべき時はやる方たちです。頼もしく思いました。時々日本でも思い出していただけると奥様もお喜びになると存じますが。宜しくお願いいたします。
大先輩のコンダクターに、仕事を始めた頃「世界中の人がお互いを知れば、戦争がなくなるとおもってやってきたから、あなたはそれを引き継いで。」と言われました。小さな積み重ねですが、お客さまと共に進めたらなと思っております。
ジャルパックの厳選されたツアーコンダクター「スーパーTC」達による、 旅に関するよもやま話や搭乗日記など、楽しい旅の話題をご提供します。
「憧れのヴェネツィアングラス」
2007年02月19日(月)
text by 市瀬 民子
日本にも、切子細工のような伝統芸能がありますが、
海外でも良く知られている、ヴェネツィアングラスを今回は少しお話ししたいと思います。
ベニスの街を散策しているとまず目に付くのは、色とりどりのガラス製品を扱うお店のショーウィンドウです。伝統工芸品のなかでもムラーノ島でつくられているヴェツィアングラスは非常に有名で、皆さんもよくご存知の事と思います。もともとはベニス本島にあったガラス工房が、火災防止と技術の流失を避ける為に13世紀にムラーノ島に移されました。この為に地元ではムラーノ・グラスとも呼ばれています。
数年前にフェニーチェ劇場近くの‘レストラン・フェニーチェ’で食事をした時のことでした。レストランオーナーのコレクションだというアンティークのヴェネツィアングラスが飾ってあるのに気づきその美しさにじっと見とれてしまいました。するとオーナーはわざわざ鍵を開けてそのワイングラスをまじかで見せてくれ、約400年ほど前のものだと教えてくれました。なんともいえない素晴らしい気品を持ったそのワイングラスとの出会い以来、ヴェネツィアングラスに興味を持つようになりました。
水上バスでムラーノ島に渡り、ガラス工芸博物館を訪ねると中世のガラス作品が展示されていますが、これらの作品を見ているとヨーロッパ中の王侯貴族が競ってヴェネツィアングラスで食卓を飾ったのもうなずけます。
ツアーでは、市内観光の最後にガラス工房に立ち寄り、職人さんのデモンストレーション見学をします。瞬く間に作品を作る職人技は何度見てもお見事!感心させられます。そこのショールームには古い映画‘旅情’のワンシーンに印象的にでてくるのと同じような赤いワイングラスが展示されています。赤色というのは24金を使わないと出せない色だそうで、とても私などに手を出せる値段ではありません。でもいつかきっと・・と思いながら毎回眺めています。街中のお店にはピンからキリまでいろんなガラス製品が並んでいますが、そのなかでお手頃な値段でお土産になるものを一つご紹介すると、箸置きです。本当はキャンディーの形をしたオブジェなのですが、日本の方には箸置きとしても利用できる形とおおきさなのです。お店によって多少値段は違いますが、1個 2~3ユーロ位です。沢山ある色や形の中からお気に入りのものを探すのも楽しいですよ。イタリア旅行をされてベニスを訪れる予定のかた、ぜひ、ご自分の予算に合わせて、お気に入りのヴェネツィアングラスを旅の思い出にいかがでしょうか?
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「アメリカ東部の美術館」
2007年02月12日(月)
text by 佐山 美智子
ボストン・ワシントン・ニューヨークのアメリカ3大人気都市周遊の旅は美術鑑賞の旅でもありました。 ボストンのボストン美術館・ワシントンのナショナル・ギャラリーそしてニューヨークのメトロポリタン美術館など、オランダの国立美術館・パリのルーブルやオルセー美術館・マドリッドのプラド美術館・フィレンツエのウフィッツイ美術館などに匹敵する美術品の豊富さであり、ヨーロッパに行かなくてもこれら5つの美術館でみられる代表的な画家達の作品がアメリカで鑑賞できるのですから美術愛好家にお薦めします。
■ボストン美術館 (MUSEUM OF FINE ARTS,BOSTON)
入場料:15ドル(65歳以上:13ドル)
1876年アメリカ独立百周年に開館。民間の組織として運営されている。所蔵品は50万点。 1905-1912年東洋部長として岡倉天心が奉職していたこともあり日本の浮世絵版画・版木刀剣・その付属品・陶磁器など何千とあると聞いていましたが、ここではヨーロッパ絵画に絞りました。
○2階 17世紀オランダ・フラマン/中世/ルネッサンス/17と18世紀欧州/18世紀
欧州/19世紀欧州/19世紀と20世紀欧州・印象派および20世紀欧州の絵モネ“ラ・ジャポネーゼ” ”ジベルニーのポプラの木“ルノアール “ブージヴァルの踊り” セザンヌ “赤い肘掛け椅子のセザンヌ婦人ゴーギャン “われら何処より来るや、われら何なるや、われら何処にいくや“ 他にもミレーの”種まく人“ ”収穫の中に休む農夫たち” など。
■ 国立美術館 (NATIONAL GALLERY OF ART)
入場料:無料
1937年、メロン財閥のアンドリュー・W・メロンにより美術館設立のための基金と自身の美術コレクションを連邦政府に寄贈した。1978年新館も完成。 100人を超す人々からの寄贈による。 見学しやすい展示でした。
○メインフロアー
西館はイタリア・スペイン・オランダ・ドイツ・フランドルフェルメールの作品が4点“はかりを持つ女”“赤い帽子の少女”などラファエロ“アルバの聖母子” レオナルド・ダビンチ“ジネブラ・デ・ベンチの肖像エル・グレコの“ラオコーン”東館はフランスの画家ルノアール・モネ・マネ・コロー・セザンヌ・ドガ・ゴッホ・セザンヌ・ロートレック・ゴーギャン・クールベなど
■メトロポリタン美術館 (METROPOLITAN MUSEUM OF ART)
入場料:20ドル
1870年、公的要職にあつたジョン・ジョイが構想、ユニオン・リーグ・クラブのニューヨーク市民により設立。 基金による購入・コレクターからの寄贈により300万点所蔵。
レンブラント・ルーベンス・ボッチチェリ・フィリッポ・リッピ
ラファエロ・ゴヤ・ベラスケス・フラゴナール・ドラクロワ・マネ・ドガ・モネ他にも展示品が多く見きれませんでした。
○2階
19世紀ヨーロッパの絵画/ヨーロッパ絵画。(フェルメールの作品も3点) など。
「25年間、ウィーンで新年を迎えております」
2007年02月05日(月)
text by 今川 ひろみ
私は25年間リピーターのお客様方と、新年をウィーンで迎えております。
2000年以降、オーストリアの政治的地位が向上しているように思えます。
2002年ユーロ通貨導入の際、コンサートを通じプローディ欧州委員長(現イタリア首相)をはじめ関係者の方々がユーロ通貨導入を祝っておりました。
今年2007年は、ルーマニア、ブルガリアのEU加盟を発表するという政治的舞台の要素も加わっております。
オーストリアは、1955年の永世中立の宣言、1995年のEU加盟、 ベルリンの壁崩壊後、
オーストリアに東欧との窓口を開くため、 世界企業の駐在事務所が進出し、街が活性化され、街が大きく発展いたしました。
訪れる度に、変化があり、現在も空港の拡張工事が続いております。
以前は、地理的には、西洋の端という東欧的なイメージがございましたが、東欧は、ハプスブルグ家の支配していた国々でもあり、EU拡大後は、その血縁関係からも、政治的、経済的にも、ヨーロッパの西と東を結ぶ重要なポジションになってきております。
国際都市としての役目も担っており、石油輸出国機構オペック、国連都市UNOシティがあり、国際原子力機関、国連工業開発本部もございます。
イタリアは、冷戦時代からも東欧ビジネスに力を入れておりましたので、かつてイタリアのミケーレ大臣もドナウ文化圏構想、ハプスブルグ家に関係する諸国との文化経済圏構想を唱えておりました。
ルネサンス以降ミラノ、ヴェネチア、フィレンツェなども、ハプスブルグ家の支配を受け1861年にイタリア統一を向かえることになりますが、オペラ王ヴェルディも音楽外交官として、フランスナポレオン3世にイタリア統一の支援依頼を、カブール首相は、ナポレオン3世とイタリア統一のため、フランスの協力を得るため、ニースとサボワをフランスに割譲するというプロンビエールの密約を結びました。 現在ニース、サボワともフランスを代表するリゾート地となっており、フランスのプロバンス料理は、トマト、オリーブを使用したイタリア風のお料理です。
現在オーストリアは、北海道とほぼ同じ大きさで、人口約800万人ですが、EUの拡大に伴い、オーストリアは、コスモポリタンな国ですので、 外交の強みを生かし、
オーストリアのさらなる発展、将来性がありますので、これからもオーストリアから目が離せません。
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